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企業倒産が5300件を超えた、と聞いて「日本経済は崖っぷちだ」と思うのは自然です。でも、日経平均を見てください。6万6000円台。どう見ても好調です。この違和感、実はあなたの日本経済の見え方が少し古いせいかもしれません。今起きているのは「全体が沈む」不況ではありません。「二つの日本が同時に動いている」分裂です。
5300件の倒産、実は「過去最悪」ではない?
まず、今回の倒産件数は「過去最悪」と報じられがちですが、絶対数で比べるなら、リーマンショック直後の2009年には年間1万5000件を超えていました。それに比べれば、まだ半分以下です。実は、戦後最悪を記録したのは1984年の2万件超です。つまり、5300件という数字だけを見て悲観するのは、数字の並びに踊らされている面がある。ですが、ここで見るべきは件数そのものより「なぜ倒産が増えているか」の質です。今回、特徴的なのは円安とコスト高による倒産が急増している点。かつての「不況型倒産」とはメカニズムが違うんです。
たとえるなら、かつての倒産は「大嵐で船が次々沈む」イメージでした。景気全体が冷え込んで、需要が消えるから倒産する。リーマンショック時はまさにその典型で、世界中で同時多発的に需要が蒸発しました。でも今回は、水面は比較的穏やかなのに、エンジンの小さい小船だけが燃料高で動けなくなっている。大型船はむしろ追い風を受けているんです。同じ海の上でも、船のサイズで明暗が分かれる。これが今の日本経済の基本的な風景です。
倒産が2年連続で5000件を超えた背景には、物価高がじわじわと利益を削っている現実があります。特に、原材料費の上昇を価格転嫁できない小規模事業者が厳しい。帝国データバンクの分析でも「物価高倒産」が過去最多ペースだと指摘されています。たとえば、食用油や小麦粉の高騰に苦しむ飲食店、建材費の上昇にあえぐ工務店。彼らの悲鳴は、消費者物価の上昇率というマクロな数字の裏に隠れがちですが、倒産統計を押し上げる主役になっています。つまり、これは景気全体の弱さではなく、コストプッシュ型の倒産が主役なのです。
ここで一つの「あれ?」が生まれます。物価高の原因の一つは円安です。円安は輸入物価を上げるから、中小企業には逆風です。でも、なぜ日経平均は下がらないのか? 実は、その円安こそが大企業の利益を押し上げ、株価を支えている。これが二重構造の正体です。円安は輸入品の値段を上げる「悪玉」であると同時に、輸出企業の競争力を高め、海外で稼いだ利益を円換算で膨らませる「善玉」でもある。この二面性を理解しないと、倒産と株高の同居は謎のままです。
倒産する会社と上場企業の「見えない壁」
あなたが日経平均で「日本企業」と聞いてイメージするのは、トヨタやソニーといった大企業でしょう。でも、倒産する会社のほとんどは、上場すらしていない中小零細企業です。実は、この二つは同じ「日本経済」に属しながら、まるで別の惑星にいるようなもの。景気の感じ方が根本的に違います。日経平均は225社の株価から計算されますが、日本には約380万社の企業があります。倒産統計はそのうちのごく一部、主に従業員数が少なく、資本力の弱い企業群の動きを映しているのです。
具体的に見てみましょう。倒産企業の9割以上は従業員20人未満。一方、日経平均を構成する225社は、時価総額で数兆円規模の巨大企業です。彼らが直面するコスト構造は全く異なります。大企業は円安で海外売上が膨らみ、値上げ交渉力もある。たとえば、自動車メーカーは海外で稼いだドルを円に換えるだけで、為替差益が数百億円単位で発生します。一方、町の金属加工会社は輸入材料費の高騰を「すみません、ちょっと値上げさせてください」とも言い出せない。大企業と中小企業の間には、価格決定権という深い溝があります。
この構図は、まさに「体温の違う双子」です。一方は発熱し、もう一方は低体温症。この双子の体温を一緒くたにして「日本経済の体温」と呼ぶから、違和感が生まれるんです。株価は発熱している方の体温を測っている。倒産統計は低体温症の方を見ている。両方とも真実ですが、見ている場所が違うのです。さらに皮肉なことに、発熱している大企業の活況が、原材料や人件費を押し上げ、低体温症の中小企業のコストをさらに押し上げるという側面もあります。双子の一方の熱が、もう一方の低体温を悪化させているのです。
円安が倒産を増やし、同時に株を押し上げるカラクリ
ここまで読めば、円安が「大企業にはプラス、中小企業にはマイナス」という二面性を持っているのは理解できたと思います。ですが、もう一歩深掘りしましょう。なぜ、株価は倒産の増加に動じないのでしょうか? それは「倒産が景気の遅行指標」だからです。遅行指標とは、景気の山や谷の後を追って動く指標のこと。企業は業績が悪化しても、すぐに倒産するわけではありません。まず在庫を減らし、雇用を調整し、借入でしのぎます。その末に資金が尽きて倒産に至るまでには、半年から1年、場合によってはそれ以上のタイムラグがあるのです。
つまり、今起きている倒産は「これから来る不況の予告」ではなく、「過去のダメージの結果」である可能性が高い。特に2022年以降の急激な円安と資源高の影響が、時間をかけて中小企業の体力を奪い、今ようやく倒産として表面化している面があります。一方、株価は先行指標です。投資家は半年先、1年先の業績を読んで動きます。大企業の輸出競争力や値上げによる収益改善が続くと見れば、倒産が増えていても「将来の利益」に賭ける。この時間軸のズレが、倒産と株高の同居を可能にしているのです。
いわば、倒産は「去年の台風の後片付け」、株価は「来年の天気予報」を見ているようなもの。台風の被害が甚大でも、明日の天気が晴れなら洗濯物を干す。市場はその程度の冷徹さで動いています。さらに、倒産が増えても、それが労働市場や金融システムに与える影響が限定的であれば、マクロ経済全体への波及は小さく、株価の前提となる大企業の業績見通しは揺るがない。だから、倒産増加のニュースを聞いても、市場は「ああ、またか」と受け流すのです。
ここで一つの歴史的瞬間を思い出してみましょう。リーマンショックのとき、倒産は急増し、株価は暴落しました。あれは需要全体が蒸発する「大津波」だったため、大企業も中小も関係なく被災した。今回は津波ではありません。大企業は高台にいて、中小企業だけが浸水している。だから、株価が平然としているのです。しかし、この高台も絶対安全ではありません。水かさが増せば浸水するリスクは常にある。今はまだその水位に達していないというのが、市場の冷静な判断です。
リーマンショックでは倒産と株安が同時だった、今との違い
2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻後、倒産件数は月間1000件を超え、日経平均は7000円台まで急落しました。あの時は金融システム全体が機能不全に陥り、世界中で需要が蒸発。輸出依存の大企業も、内需の中小企業も、まとめて売上が吹き飛びました。だから、倒産と株安が「同時多発」したんです。倒産の主因は「売れない」ことでした。需要が消えると、価格転嫁も何もありません。企業は資金繰りに詰まり、連鎖的に倒れていきました。
今回は全く違う景色です。ドル円は162円台と歴史的な円安水準。大企業は為替差益だけで数百億円規模の増益要因を抱えています。需要は消えていません。むしろインバウンド需要やデータセンター投資など、特定の領域では過熱気味です。倒産の主因は需要不足ではなく「コスト吸収力の限界」。つまり、売上はあるのに利益が出ない。この差は決定的です。リーマン時は「売上減少→赤字→倒産」の一本道でしたが、今回は「コスト増→利益圧迫→資金枯渇→倒産」という経路ですから、需要さえ維持されていれば大企業は倒れにくい。
もう一つ、重要な違いは「政策のバックアップ」です。リーマン時は、政府が緊急保証制度など大規模な資金繰り支援を即座に打ちました。今回は、コロナ禍で実施されたゼロゼロ融資の返済ピークが重なり、むしろ「出口支援」の局面。倒産が増えやすい土壌があるのに、株高が続くのは、市場が「これは自然淘汰に近い」と冷めた目で見ているからかもしれません。生産性の低い企業が退出し、効率的な企業にリソースが移るのは、経済学的には新陳代謝と捉えられます。市場はそのストーリーを織り込み始めている可能性があるのです。
なぜ日経平均は倒産に反応しないのか?~遅行性とセクターウェイト
日経平均の構成銘柄を見ると、倒産とは無縁な業種が大半を占めています。輸出製造業、金融、商社、情報通信。これらの企業は、原材料高を製品価格に転嫁する力も、円安メリットを享受する力も持っています。倒産が増えている飲食業や建設業の小規模事業者は、日経平均の株価形成にはほぼ影響を与えない。これは単に規模の差だけではなく、株式市場の物色が「グローバル企業」に向かいがちな構造も反映しています。投資家は日本経済全体ではなく、世界で稼げる企業の価値を評価しているのです。
ここで「倒産連鎖」というリスクの芽を考えてみましょう。もし、倒産が増えすぎると、連鎖的に取引先の大企業の業績を悪化させる可能性はないのでしょうか。実は、過去にはありました。例えば、2011年のタイ洪水では、部品メーカーの被災でトヨタの生産が止まりました。サプライチェーンが寸断されると、大企業もひとたまりもありません。また、2020年のコロナ初期には、飲食店の休業が食品卸や酒類メーカーの売上を直撃しました。倒産は直接的な取引先の業績悪化を通じて、やがて大企業に波及する可能性を秘めています。
今回の倒産が、現時点でその段階に入っている形跡は薄い。なぜなら、倒産企業の多くはBtoC(消費者向けビジネス)や小規模な建設業で、大企業のサプライチェーンに深く食い込んでいないからです。町のラーメン屋が倒産しても、それが即座に大企業の決算を揺るがすことはありません。しかし、もし倒産が製造業の裾野に広がり始めたら、話は変わります。金型メーカーや電子部品の下請けが連鎖的に倒れれば、自動車や電機の生産ラインが止まります。その時は、市場も無視できなくなるでしょう。
これから注意すべき「倒産連鎖」のサイン
最後に、この二重構造が崩れるシナリオを考えておきましょう。それは「円安の恩恵が薄れ、かつ内需の冷え込みが強まる」パターンです。例えば、世界景気の減速で輸出が鈍り、かつ国内消費も物価高で冷え込む。すると、大企業も値上げと数量減の板挟みになり、業績が悪化し始めます。また、円安が一服して円高に振れれば、為替差益が消え、輸出企業の競争力も落ちます。そのダブルパンチが、これまで高台にいた大企業を浸水域に引きずり込む引き金になりうるのです。
その時、株価はどう動くか。過去の教訓では、まず中小型株が先に売られ、その後、大型株に波及します。倒産はさらに増え、信用保証協会の代位弁済が急増し、金融機関の不良債権が膨らむ。そこまでいくと、さすがに日経平均も無傷ではいられません。実際、2008年も中小企業の倒産急増が先行し、数ヶ月遅れて大手企業の経営破綻や株価急落が起きました。重要なのは、「倒産の質」と「金融システムへの波及度」を注視することです。単に件数が多いだけなのか、それとも中堅企業や上場企業に広がっているのか。負債総額の推移や、業種別の倒産動向を見る必要があります。
次に倒産のニュースを見たら、「この倒産は円安型か、需要蒸発型か?」「この企業はサプライチェーンのどこにいるか?」という目で見てください。あなたの持っている株が、どの体温の側に属しているかを考えれば、パニック売りに巻き込まれずに済むかもしれません。たとえば、あなたが持っているのがグローバルに展開する医薬品メーカーの株なら、町の印刷会社の倒産は直接の脅威ではありません。一方、中小型の部品メーカーの株を持っているなら、同業他社の倒産連鎖には敏感になるべきです。数字の裏にあるメカニズムを分解すると、経済ニュースの解像度は格段に上がります。



