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「株を始めたいけど、初期資金が100万円じゃ全然足りない」。こんな声が増えている。日経新聞によると、1単元(通常100株)の購入に100万円以上必要な銘柄が前年比6割増の49銘柄に達した。100万円は大金だ。でも、それだけ出しても1銘柄すら買えない。なぜこんなことになっているのか。そして、個人が飛びつく「1株取引」で本当に大丈夫なのか。今日はこのカラクリを、制度の根っこから掘り下げる。
「100万円あっても買えない」ってどういうこと?
突然だが、あなたがスーパーで牛乳を買うとする。1本200円。レジに「1ケース20本セットでしか売りません」と言われたら困るだろう。株の世界では、これに近いことが平然と行われている。多くの日本企業の株は「100株セット」でしか買えない。このセットを「単元」と呼ぶ。1株3000円の会社なら、100株で30万円必要だ。これが1株3万円なら300万円。つまり、株価が高いほど、個人の参入障壁は跳ね上がる。
「100万円でも買えない株」とは、この単元価格(株価×100株)が100万円を超える銘柄を指す。日経の集計では、2026年7月時点で49銘柄。前年同期は30銘柄だったから、6割増だ。背景には株価全体の上昇がある。日経平均は6万8000円台と史上最高値圏。企業業績が拡大し、1株当たりの価値が上がれば、当然単元価格も高くなる。だが、それだけではない。「企業が意図的に株を分割しない」という事情が絡んでいる。
「株式分割」とは、例えば1株を2株にする行為だ。株数が2倍になれば、理論上株価は半分になる。100株セットが変わらなければ、必要な資金も半減。個人が買いやすくなる。なのに、なぜやらない企業が多いのか。実は、上場企業にとって株価が高いことは「ステータス」だからだ。一部の経営者は、自社の株価が高いことを「市場からの評価が高い証拠」と捉える。株を分割して名目株価を下げると、まるで価値が下がったように見えるのを嫌う心理がある。
この心理は、高級ブランドの値付けに似ている。エルメスのバッグが数百万円するのは、単に原価が高いからではない。価格そのものがブランド価値を支えているからだ。もしエルメスが「お求めやすい10万円バッグ」を発売したら、既存の顧客は「なんだ、安っぽくなった」と離れていきかねない。上場企業の経営者も無意識に、自社株を「高級ブランド」に見立て、分割による「値下げ」を避けようとする。これが、株価が高止まりする心理的メカニズムの一つだ。
さらに、株価の高さは「投資家の質を選別する」機能も果たす。単元価格が100万円を超えていれば、少なくとも100万円を投じる余裕のある層だけが株主になれる。企業としては、短期売買を繰り返す「ハイエナ投資家」より、じっくり長期保有する「ゾウ」のような大口投資家に来てほしいのだ。実際、2021年のあるファンドの調査では、単元価格が高い銘柄ほど、個人投資家の売買回転率が低く、安定株主比率が高い傾向が示唆されている。企業はこのデータを意識している可能性がある。
単元株はなぜ100株?——市場に刻まれた「100」の由来
単元株はなぜ100株なのか。答えは「昔からそうだったから」に尽きる。日本の商法時代、最低資本金や株券の管理コストを考えると、単位を小さくしすぎるのは非効率だった。紙の株券を1株ずつ発行していたら、管理が煩雑で手数料負けする。だから「100株をひとまとめに」が常識化した。これが今も残っている。
だが、これは歴史の遺物にすぎない。2001年の商法改正で、企業は自由に単元の数を変えられるようになった。理論上は1株を1単元にすることも可能だ。ところが、上場企業の大半は今も100株のままだ。なぜか——。変更には株主総会の決議やシステム改修コストが伴う。加えて「株主が増えすぎると事務負担が重い」という本音がある。株主総会の運営、議決権行使書の郵送、配当計算——株主が細分化されればされるほど、企業の管理コストは膨らむ。
これは、マンション管理組合の仕組みに喩えられる。区分所有者が100人なら、総会の招集や議決の取りまとめはまだ手間だが、管理できる範囲だ。しかし、もし1平方メートルずつ細分化されて1000人になったら、合意形成は極端に難しくなる。企業も同じで、株主数を増やしたくないのは「ガバナンスコスト」を抑えたいからに他ならない。実際、東京証券取引所のあるデータによれば、単元株数を100株から1000株に引き上げる企業が、ここ数年でじわじわと増えている。株主を「選別」する動きは、むしろ強まっているのだ。
歴史を振り返ると、1980年代までは500株や1000株を1単元とする企業も珍しくなかった。紙の株券を廃止し、電子化が進んだことで、100株という比較的小さな単位が普及したが、現在も「100」である必然性は全くない。むしろ、株価が上昇し続ける環境下では、単元を100株のままとすること自体が、個人投資家を市場から締め出す「非関税障壁」のように機能している。しかし、それを変えるインセンティブが企業側に乏しいのだ。
ちなみに、アメリカでは1単元=1株が一般的だ。だからアップルもアマゾンも、1株から買える。ただし、アメリカの証券会社によっては、単元未満の取引で手数料が高くつくケースがあるにせよ、制度上の「壁」は存在しない。日本の「100株」は、国際的に見れば特殊な商習慣なのである。これが、海外投資家が日本株に参入する際に感じる「謎の不便さ」の正体でもある。
1株取引ってお得?——手数料と議決権の「見えないコスト」
ここで登場するのが「1株取引」だ。SBI証券や楽天証券などが提供するサービスで、最低1株から買える。100万円の壁に阻まれた個人にとっては、まさに救世主に見える。だが、ちょっと待ってほしい。この1株取引には、単元株では発生しなかった「見えないコスト」が潜んでいる。
まず、手数料だ。単元株ならネット証券でほぼ無料が当たり前だが、1株取引では1注文あたり実質数十円のスプレッド(売買価格差)がかかることが多い。つまり、売買のたびに「手数料」を取られる。1000円の株を1株買って、すぐ売ると数十円の損失。単元で100株買う場合に比べて、少額投資家のほうが取引コストの負担率は高いのだ。
このスプレッドを「株の世界のコンビニ」と喩えてみよう。コンビニは、スーパーより1品あたりの価格が高い。その代わり、少量から買えて便利だ。1株取引も同じ。少額で手軽な代わりに、取引ごとに小さな「上乗せ」を支払っている。頻繁に売買すれば、その累積は馬鹿にならない。年間10回売買すれば、500円以上のコストになることもざらだ。
次に、議決権。これが最大の落とし穴だ。1株取引で買った株には、株主としての議決権が「ない」——より正確には、行使できない仕組みになっている。なぜか。議決権は単元株(通常100株)に対して1個発生するからだ。1株保有者は「単元未満株主」という扱いになり、株主総会で議決権を行使できない。会社法でそう決まっている。つまり、あなたが1株投資で持っている株は、企業の意思決定に一切関与できない「サイレント株」なのだ。
これは、テーマパークの年間パスポートと、1回券の違いに似ている。1回券保有者は、パレードのルート変更について意見を言えない。しかし、年間パスポートを持つ「株主」は、運営側に意見を届ける権利がある。議決権は、まさにその発言権だ。1株取引の投資家は、企業の重要な決断——合併や定款変更、取締役の選任——について、ただ黙って見ているしかない。
過去の事例を一つ紹介しよう。2021年、ある中堅IT企業がTOB(株式公開買い付け)を実施した際、単元未満株主には買付価格が提示されず、市場で売るしかなかった。1株取引で分散投資していた個人は、予期せぬ価格変動に巻き込まれた。保有株数が少ないと、こうした企業再編の局面で不利になることがある。
株主優待はもらえる?——「お楽しみ」が消える仕組み
株主優待。QUOカードや自社製品がもらえる、個人投資家の一番の楽しみだ。では、1株取引で買った場合、この優待はもらえるのか。答えは「企業による」としか言えない。原則、株主優待は単元株主を対象にしていることが多い。つまり100株持っていないともらえないケースが大半だ。ただ、近年は配当や優待を「1株単位で」提供する企業も少しずつ増えている。ディー・エヌ・エーやKLabなどが有名だ。しかし、全体から見ればまだ少数派。
ここで面白い心理が働く。企業が優待を「単元未満株主にも」広げると、1株取引の個人が集まり、株主数が爆発的に増える。すると、今度は優待の原資が足りなくなり、内容がショボくなる。それを嫌って、あえて単元株主に限定する企業も多い。要するに、優待は「お金をたくさん出してくれた人へのお礼」という側面があり、1株しか持っていない人は「お客様」扱いされにくいのだ。
この優待の仕組みを「ふるさと納税」に喩えてみる。ふるさと納税では、寄付額に応じて返礼品が豪華になる。100万円寄付すれば高級和牛が届くが、1000円の寄付ではせいぜいポストカード1枚。株主優待も同じで、投資額が大きいほど「お返し」が充実する。単元未満株主は、まさに「1000円寄付者」のような立場で、企業からのおもてなしは期待できない。
さらに、配当金も注意が必要だ。1株取引で配当金はもらえるが、実際に振り込まれるのは「単元株に達した分」だけ、という方式を取る企業がある。例えば1株の配当が10円で、あなたが30株持っているとする。この場合、配当金は300円になるはずだが、企業の規約によっては100株に達するまで「預かり」となり、現金化できないことがある。配当利回りを計算して投資したつもりが、思わぬ資金ロックに遭うリスクがある。
この「預かり配当」の制度は、かつて銀行の「10万円未満の定期預金には利息がない」という慣行を思い出させる。少額では、せっかくの利益が形にならないもどかしさがある。個人投資家は、配当が実際に自分の口座に振り込まれるタイミングを、証券会社の説明書でしっかり確認しておく必要がある。
「高値株」はこれからも増える?——時代が求める個人投資家のあり方
日経平均が高値を更新し続ける中、100万円超銘柄は今後も増える可能性が高い。特に、AIや半導体関連のグロース株は、業績急拡大で株価が跳ねやすい。テラスカイやビジョナルといった新興企業の単元価格が、あっという間に100万円を超える日が来ても不思議ではない。企業側が「個人向けに株式分割」をしない限り、この壁はどんどん高くなる。
実際、この動きは2023年~2024年の半導体ブームを彷彿とさせる。当時、ある半導体製造装置メーカーの株価は1年で4倍になり、単元価格が150万円を突破した。しかし、分割の発表はなかった。個人投資家の間では「買いたくても買えない」フラストレーションが溜まり、結局、関連するETF(上場投資信託)に資金が流れた。今回も、同じパターンが繰り返される可能性がある。つまり、高額株の増加は、間接的にETF市場を膨らませる副作用を持つ。
では、個人はどうすればいいのか。一つの正解は「無理に単元株を狙わない」ことだ。1株取引は、議決権や優待を捨てる代わりに、少額で一流企業の成長に乗れる手段と割り切れば悪くない。積み立て投資の一部として、有名企業の株をコツコツ買う。単元に達したら、議決権を得て「正式な株主」になる。そういうゆるやかな戦略が、今の市場には合っている。
この「単元到達作戦」は、登山に喩えれば分かりやすい。いきなりエベレスト登頂(単元株購入)を目指すのではなく、まずはベースキャンプ(1株取引)で体を慣らし、装備を整え、機が熟したら頂上を目指す。100株に届くまでに企業研究を深め、自分なりの投資哲学を育てる。そのプロセス自体が、投資家としての成長を促すだろう。
最後に、過去の相場を振り返ろう。1989年のバブル期、NTT株は1株318万円まで上昇し、単元では3億円以上必要だった。当時も「株が高すぎる」と個人は悲鳴を上げ、政府が分割を促した経緯がある。結局バブル崩壊で株価は暴落し、分割どころではなくなった。今はバブルとは違う。業績が株価を支えている。しかし「高くて買えない」という不満の構造は、30年以上経っても変わらない。違うのは、今は1株取引という抜け道がある点だ。この抜け道を賢く使うか、それともモヤモヤしながら見送るか。選ぶのはあなた自身だ。
次に似たニュースを見たら、ここをチェック
「100万円で買えない株が増えた」という見出しを次に見る時は、まずその企業が株式分割を発表していないか確かめるといい。分割予定があれば、数カ月後に単元価格が下がるかもしれない。次に、配当利回りと1株取引の手数料率を比較。手数料が配当を食いつぶすようなら、投資妙味は薄い。最後に、自分が欲しいのは「値上がり益」か「議決権」か「優待」か、を明確にする。1株取引は、この3つを同時に満たしてはくれない。目的に合わせて使えば、100万円の壁はむしろあなたの武器になる。
加えて、企業の「株主数」の推移も見逃せない。単元未満株主が急増している場合、その企業は将来的に優待を拡充するか、あるいは逆に単元を引き上げて「ふるい落とし」を図る可能性がある。どちらに転ぶかは、企業の財務状況や経営方針による。四季報などで「株主数」の欄をチェックする習慣をつければ、変化をいち早く察知できるだろう。


