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「クレジットカードで払ったお金は、いつ店に届くのか」。7月10日、ある決済代行会社の破産で、これが「届かない」ケースが一気に表面化しました。全国の飲食店などで、既に処理したカード売上の一部が入金されなくなり、予約のキャンセルも発生。なぜ、店が受け取った「はず」のお金が消えたのか。その裏には、キャッシュレスの便利さを支える、見えない仲介者の構造があります。
全東信は何をしていた会社か
「全東信」という名前を聞いたことがある人は、ほとんどいないかもしれません。この会社は、飲食店や小売店とクレジットカード会社の間に立つ「決済代行会社」です。お店がクレジットカード決済を導入するとき、多くの中小店舗はカード会社と直接契約するのではなく、代行会社を経由します。面倒な審査や端末の管理、入金作業をまとめて請け負うのが役目でした。理由は単純で、カード会社にとって一件一件の小規模店舗を審査するのはコストが合わず、代行会社が束ねて「まとめ役」になってくれたほうが効率が良いからです。つまり、全東信はカード会社の営業アウトソーサーでもあり、店舗にとっては面倒な交渉を肩代わりしてくれる「代弁者」でもありました。
全東信は、全国の約1万店舗と契約していたとみられます。特に、個人経営の飲食店や小規模小売店にとって、クレジットカードを使えるようにするための「玄関口」だったわけです。ところが、その玄関口の土台は見かけよりずっと脆く、財務状況は悪化の一途でした。後日報じられたところでは、預金残高を水増しする粉飾決算の疑いも浮上しています。取引金融機関から融資を続けてもらうため、実態よりも健全に見せかける必要があったのです。一種の自転車操業で、店舗から預かった売上金を運転資金に回すことで辛うじて資金繰りをつないでいた可能性があります。
つまり、全東信は「カード決済の配管」を担っていた。お店がカードを使えるようにし、顧客の支払いを集めて店に届ける。そのパイプが突然、詰まったのです。しかも、このパイプは単なる情報の通り道ではなく、一時的にお金を溜め込む「貯水槽」のような役割も果たしていました。だからこそ、パイプの持ち主が倒れると、貯まっていた水が一気に行き場を失う。なぜこんな構造になっているのか、そもそもクレジットカードの支払いの裏側では何が行われているのか、次のセクションで分解してみます。
クレジットカード決済の「見えない仲介者」
クレジットカードで支払うとき、お金は一瞬で動いたように感じますが、実際には店から顧客の銀行口座へと続く長いリレーが走っています。たとえて言うなら、これは「お金のピタゴラスイッチ」です。いくつもの歯車や仕掛けを経由し、最後にコトンと店の口座に落ちる。その仕掛けの一つひとつが独立した会社や組織で、それぞれが手数料という「動力」で動いています。次のフローで、その全貌を示します。
まず、あなたが店でカードを差し込むと、その情報は「アクワイアラー」と呼ばれるカード会社の加盟店契約部門に送られます。アクワイアラーは、店に代わってカードブランド(VisaやMastercardなど)に支払いを要求し、承認が下りると、あなたのカードを発行した銀行(イシュアー)に請求します。数日後、イシュアーからアクワイアラーへお金が振り込まれ、アクワイアラーが店の口座に入金する——これが基本形です。しかし、これは大手チェーン店のようにアクワイアラーと直接契約できる店の話。ラーメン屋や小さな雑貨店には、この「直接契約」のハードルが高い。なぜなら、アクワイアラーは一定の信用力や取引規模を求めるからです。
ここで決済代行会社が、いわば「アクワイアラーの代理店」として間に立ちます。多くの小さな店は、自力でアクワイアラーと契約する代わりに、全東信のような代行会社に加盟します。代行会社は複数の店舗の契約をまとめてアクワイアラーと交渉し、端末の貸与や入金の取りまとめを一手に引き受ける。例えるなら、代行会社は「マンションの管理人」で、住人(店舗)に代わって大家(アクワイアラー)とやりとりし、家賃(売上金)を集めて各戸に配るような存在です。問題は、その管理人が集めた家賃を自分のポケットに入れて、住人に渡す前に姿を消したらどうなるか。全東信で起きたのは、まさにこれでした。
つまり、代行会社はお金の流れの「最後の100メートル」を担っていた。そして、この最後の100メートルが実は最もクリティカルな区間でした。代行会社の破綻により、アクワイアラーから代行会社の口座には入金されているのに、その先の店舗への振り込みが止まってしまう。顧客は確かに支払いを済ませているのに、店にお金が届かない。この奇妙な断絶が今回の事件の正体です。なぜこんな断絶が法的に許容されるのか、それは後述する資金決済法の「保護の外」の話につながります。
破産で起きたこと:店の「はずだった売上」が消えた
大阪のある飲食店では、7月頭のカード売上の一部が入金されなくなりました。「いつもなら決済の数日後には振り込まれるのに、今回は音沙汰がない」。問い合わせようにも連絡がつかず、ついに破産のニュースを知ります。さらに、カード端末自体が使えなくなり、予約客から「カード使えないならキャンセル」と言われる始末。現金だけの営業に切り替えざるを得ませんでした。ここで店が直面した苦境は、単に「売上が遅れている」という問題ではなく、商売の前提が崩れたということです。飲食店の利益率は一般的に数%程度。売上金の未回収は、その薄い利益を根こそぎ持っていく打撃です。
こうした事態は、全国の契約店舗で広がっています。全東信が集めていた売上金を、自社の運転資金に流用していた可能性も指摘されており、店側の未回収額は総額で数十億円に上るとの見方もあります。数十億円という規模は、たとえば1000店舗で均すと1店舗あたり数百万円。中小飲食店の月商が100万〜300万円程度なら、1〜2か月分の売上が丸ごと消えるイメージです。一時のキャッシュフローの遅れを超え、廃業に追い込まれる店が出ても不思議ではありません。店からすれば、商品を提供し、顧客は支払いを済ませているのに、その対価が手元に来ない。感覚的には「売上が盗まれた」のに近い事態です。
なぜこんな理不尽がまかり通るのか。それは、法律的には、店の「売上金」はまだ店のものではないからです。代行会社が店舗に代わって債権を回収している間、その金銭は代行会社の資産として扱われます。店舗は代行会社に対して「入金してくれ」という債権を持っているに過ぎません。この債権は、代行会社が破綻した場合、一般の債権者(たとえば金融機関や取引先)と平等に扱われ、優先的に返してもらえるわけではない。しかも、今回のように粉飾が絡むと破綻財団の財産は乏しく、配当率は数%以下に沈むこともあります。最悪の場合、回収額はゼロに近くなります。ここに、キャッシュレス決済が抱える構造的なリスクが潜んでいます。
さらに、この「債権者平等」の原則は、金融機関の融資と店舗の売掛金が同じ土俵で争うことを意味します。全東信に多額の融資をしていた銀行は、弁護士や専門家を動員して素早く債権回収に動くでしょう。一方、個人経営のラーメン屋は、自分で裁判所の手続きを調べて債権届を出すのが精一杯。同じ被害者でも、情報力と体力の差で回収率に格差が生まれます。キャッシュレスの「民主的」なイメージとは裏腹に、いざ破綻するとアナログな力関係が顔を出す。今回の事件は、そんな不都合な真実も浮き彫りにしました。
資金決済法はなぜ守ってくれなかったのか
「でも、資金決済法って法律で守られているのでは?」——鋭い質問です。資金決済法は、簡単に言えば「みんなが前払いしたお金が消えないようにしましょう」というルールです。たとえば、電子マネーや商品券のように、消費者が事業者にお金を先に預ける「前払式支払手段」の発行者は、預かったお金の半額以上を供託所(法務局)に預けなければならない。こうすることで、発行会社が破綻しても、利用者は供託金から一定の払い戻しを受けられる設計です。しかし、この保護はあくまで「消費者」のため。店舗のような「事業者」は対象外なのです。
今回のケースで言えば、全東信が預かっていたのは、消費者から直接受け取ったお金ではなく、カード会社を経由した店舗の売上金です。これは、事業者間の取引に伴う預り金に過ぎず、資金決済法の「前払式支払手段」には該当しません。したがって、供託の義務はない。ここが最大の盲点でした。なぜ法が事業者を保護しないのかといえば、元々この法律は消費者被害を想定して作られたからです。当初は事業者間取引のリスクは契約でカバーすべきと考えられていたのでしょう。しかし、現実には中小零細の店と代行会社の交渉力には大きな差があり、「契約で守る」は建前に過ぎませんでした。
さらに、粉飾決算の疑いがこの盲点を深刻化させています。全東信は、財務状況をよく見せるため、銀行口座の残高証明書を改ざんするなどして預金残高を水増しし、店舗への未払いを負債に計上していなかった可能性があります。これにより、実態よりもはるかに健全な会社であるかのように装い、金融機関からの融資を引き出し続けました。こうした不正は、通常の監督当局(金融庁や経産省)の日常的なモニタリングでは捕捉しにくく、結局は破綻という最後の瞬間まで表面化しませんでした。金融庁や経産省は今回の事態を受け、実態把握を急いでいますが、法の網の目をくぐった被害は、すでに広がってしまった後です。
このように、資金決済法は「消費者」を守る盾ではあっても、「事業者」を守る盾にはなりませんでした。そして多くの店舗は、そのことを知らされないまま、利用者と同じ感覚で「預けたお金は保護されているはず」と思い込んでいたのです。キャッシュレス決済の普及とともに、この「保護の隙間」は拡大してきました。全東信の破綻は、その隙間に多くの中小企業が落ちてしまうことの証明でもあります。
過去にもあった決済代行破綻——忘れられた教訓
実は、決済代行会社の破綻は日本で初めてではありません。2018年にも、同様のサービスを提供していた「ペイデザイン」が破産し、数百の加盟店が売上金を回収できない問題が起きました。当時も「事業者保護の必要性」が議論されましたが、抜本的な法改正には至らず、今回の全東信のケースは、いわばその再来です。2018年の破綻時、被害に遭った店舗からは「カード会社と直接契約していると思っていた」「代行会社が倒れるとは考えもしなかった」という声が相次ぎました。まさに、「知らない間にリスクを背負わされていた」パターンです。
2018年のケースでは、破綻後に店舗が別の決済代行会社に乗り換えるまでに時間がかかり、その間カード決済ができずに売上を大きく落とす店が続出しました。今回も、全東信の端末が一斉に使えなくなり、同様の混乱が生じています。端末の入れ替えには審査や設置工事を伴い、早くても数週間かかります。その間、現金払いしかできない店は、キャッシュレス慣れした客を逃し、機会損失が積み上がる。さらに、新しい代行会社を探すにも、突然破綻した後では審査が厳しくなり、すぐには契約できないケースもあります。過去の教訓は「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」だったのかもしれません。
銀行も無傷ではありません。全東信と取引のあった地方銀行や信用金庫は、融資残高が焦げ付く可能性があります。実際、地銀の「めぶきフィナンシャルグループ」は、傘下行が全東信向けに数十億円規模の債権を保有していると報じられています。これは、めぶきFGの年間与信コスト(概算で数十億円程度)に相当し得る規模で、決して小さくありません。地方銀行は地元企業を支える役割もあり、融資の焦げ付きはその地域の貸出余力にも影響します。キャッシュレスの「配管トラブル」は、金融システムの末端にもじわじわと広がり得るのです。
いま自分のキャッシュレスが危ないかチェックする方法
では、私たち店側に立った場合、どうすればいいのか。まず、契約している決済代行会社がどこかを確認してください。意外と「端末を置いた会社=カード会社」と思い込んでいるケースが多いですが、実際には代行会社であることがほとんどです。契約書の表紙や請求書の送付元を見ればわかります。確認すべき最重要ポイントは、入金サイクル(何日後に振り込まれるか)と、その間お金がどこにあるかです。もし「売上金は当社が一時的にお預かりします」と明記されていれば、それは滞留型であり、あなたの売上はその間ずっと代行会社の信用に依存しています。
「滞留型」か「非滞留型」かを見分けるのは、実は簡単ではありません。契約書に明確に書いていない場合も多いからです。目安として、入金サイト(店舗への振込日数)が3営業日以上かかる場合、その間に一時保有している可能性が高い。逆に、即日または翌日入金で、なおかつ手数料が割高なら、非滞留型かもしれません。わからなければ、代行会社に直接「うちの売上金は御社の口座にいったん入りますか?」と聞いてみるのが確実です。この質問の意味を理解できない営業担当者なら、なおさら警戒したほうがいいでしょう。
最終的には、「直接アクワイアラーと契約する」という選択肢もあります。手間やコストは増えるかもしれませんが、仲介者の破綻リスクをゼロにできます。あるいは、複数の代行会社を併用してリスクを分散する手も。経済産業省は今回の事態を受け、全国378か所に相談窓口を設置しました。まずは現状を把握し、被害拡大を防ぐ一手を打つことが重要です。
次に同じようなニュースを目にしたら、次の3つをすぐにチェックしてください。①破綻会社が「滞留型」かどうか、②自分の店と契約している代行会社はどこか、③入金までの日数と契約解除の条件。この構造を知っていれば、「知らなかった」では済まされないリスクを、あらかじめ避けられます。


