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原油が下がっているのに INPEX が上方修正? 石油株の「見えないエンジン」を分解する

INPEX が通期業績を上方修正した 8 月 7 日、原油先物は下落基調。一見矛盾したこの動きの裏には、原油価格以外にもある「隠れた変数」が潜んでいます。為替、コスト、減価償却――石油会社の決算書の構造を、25 年の資源開発サイクルまで踏まえて読み解きます。

超!企業DB 編集部·2026-08-08·14
INPEXの資源開発事業を象徴する洋上石油プラットフォームの高所作業。操業現場の規模感が伝わる。
Photo · GANESH RAMSUMAIR / Pexels
目次6
  1. 01「原油下がってるのに上方修正?」――その疑問がスタートライン
  2. 02石油会社の「3 つの利益エンジン」を分解する
  3. 03決算補足資料を覗くと「謎の数字」が動いている
  4. 04経産省の交付金は「追い風」? むしろ市場が読むべき裏側
  5. 05資源開発の「25年サイクル」と減価償却の魔術
  6. 06過去の原油暴落時、石油株はどう動いたか

8 月 7 日、INPEX が通期の利益見通しを上方修正しました。ところが同日、原油価格はむしろ下落。普通に考えたら「?」となるタイミングです。でも、この「?」こそが、石油株という生き物を理解する最初の扉です。原油だけ見ていると、決算のサプライズには一生追いつけません。

「原油下がってるのに上方修正?」――その疑問がスタートライン

石油会社の決算というと、ついニュースの原油価格と重ねてしまいます。WTI が 1 ドル動いた、ブレントがどうした――その数字だけで「ああ、今期はダメだな」とか「これは儲かってそうだ」と判断していませんか。でも、INPEX のような「探鉱から生産まで」を手がける会社の収益は、そんな単純な仕組みでは動きません。

原油価格はあくまで「売値」の目安。そこから実際の利益にたどり着くまでには、いくつもの変換装置がかまっています。たとえば、輸出で稼いだドルを円に換えるときのレート。たとえば、油田を維持するコスト。そして、何年も前に始めた巨大プロジェクトの「減価償却」という名の時間差攻撃。今回はこの「見えない歯車」を、INPEX の決算を例にひとつずつ覗いていきます。

まずは素朴な疑問から。8 月 7 日、INPEX が発表したのは「2026 年 12 月期の純利益予想を 1 兆 1,000 億円から 1 兆 2,500 億円に引き上げる」という内容でした。増額は約 14%。ところが、この日の指標を確認してみると、原油価格は軟調。先物は数週間前より下落しています。一体、この差はどこから生まれたのでしょう。

原油価格が下落したのに増額修正、というこの動きを「不思議」で済ませていると、投資のタイミングは永遠にズレたままです。原油はあくまで材料費に近い存在で、製品の売値がそのまま企業の利益になる製造業とは違う。つまり、石油会社の決算は「原価と売価の差」だけでなく、「誰と、どんな契約で、いつ、どの通貨で売ったか」という商習慣の層が何枚も重なっているのです。この層を一枚ずつ剥がしていけば、今回の上方修正も「やっぱりね」に変わります。

TDnet 適時開示release.tdnet.info· 2026-08-07
2026年12月期第2四半期(累計)連結業績予想と実績の差異及び通期連結業績予想の修正に関するお知らせ

石油会社の「3 つの利益エンジン」を分解する

石油会社の収益は、ざっくり「原油・ガスの販売額」から「コスト」を引いたものです。ただし、この単純な引き算の中に、投資家が見落としがちな 3 つの変数が隠れています。原油価格、為替、そしてコスト構造です。これを「3 つのエンジン」と呼んで、それぞれの出力を確認してみましょう。

原油、為替、コスト――この3つを「エンジン」と呼ぶのは、それぞれが独立して回転数を変えられるからです。中でも為替は、営業努力とは関係なく出力が変わる厄介なエンジン。たとえばドル円が1円動くと、INPEXクラスの企業なら年間の営業利益が数十億円単位で動くことも珍しくありません。これは、東京ドームの屋根を開け閉めするのに必要な金額とほぼ同じくらい、とイメージするとわかりやすいかもしれません。今回の修正幅を円安だけで説明できるかどうかは精査が必要ですが、「知らないうちに為替が利益を押し上げていた」というケースは石油株では日常茶飯事です。

コスト構造、とくに減価償却費のタイムラグは、もう一つの見えないエンジンです。これは「過去の自分が仕掛けた時限装置」と言い換えてもいいでしょう。たとえば、10年前に1兆円を投じて建設したLNGプラント。その費用は建設が終わった瞬間に消えるのではなく、20年かけて少しずつ費用として計上されます。つまり、今期の利益には「10年前の決断のツケ」が静かに乗っかっている。逆に、そのツケを払い終えた古い油田は、少々原油価格が下がっても涼しい顔で利益を生み続けるのです。この「時間差攻撃」を意識できるかどうかが、原油チャートだけを見ている投資家との決定的な差になります。

1 つめのエンジン「原油価格」は、誰もが注目する主役です。INPEX の場合、売上の多くは原油と液化天然ガス(LNG)の販売。このうち原油の価格は、ドバイやブレントといった国際指標に連動します。ただし、注意すべきは「契約によって価格の反映にタイムラグがある」点。実際の取引価格は、1〜2 か月前の指標をもとに決まることが多く、足元の市況がすぐに利益を押し上げるとは限りません。

2 つめのエンジン「為替」は、地味ながら破壊力があります。INPEX は海外でドル建ての収入を得ており、それを円に換算して決算に計上します。つまり、同じドル収入でも、1 ドル= 100 円のときより 1 ドル= 150 円のときのほうが、円ベースの売上高は 1.5 倍になるわけです。今回の上方修正の背景にも、想定以上の円安が効いている可能性が高い。現に、ドル円は 8 月 7 日時点で 157 円台後半。企業が前提にしていたレートより円安に振れていれば、それだけで増収要因です。

3 つめのエンジン「コスト」は、さらに分解が必要です。油田やガス田の「操業コスト」は比較的安定していますが、探鉱費や減価償却費はプロジェクトの進捗や投資の段階によって大きく変動します。特に減価償却は、過去の巨額投資を毎期少しずつ費用化する仕組み。これが利益を圧迫するタイミングと、逆に償却が終わって利益を押し上げるタイミングがあるのです。INPEX の大型プロジェクト、例えばイクシス LNG の償却ピークが過ぎつつあるとすれば、それは「原油安でも利益が出やすい体質」に変わってきたことを意味します。

決算補足資料を覗くと「謎の数字」が動いている

INPEX が上方修正と同時に公開する「決算補足資料」には、一般のニュースには出てこない細かな数字が並んでいます。この中に、先ほどの「3 つのエンジン」の回転数を読み解くヒントが隠されています。たとえば、「前提為替レート」と「前提原油価格」。会社が期初に置いた想定と、実績や新しい見通しを比べれば、何が利益を押し上げたのかが見えてきます。

さらに、セグメント別の「販売数量」と「販売単価」の推移も要チェックです。今回の上方修正が、単に原油高や円安のせいなら、単価の上昇で説明できます。しかし、もし販売数量が増えているなら、それは操業効率の改善や新規プロジェクトの立ち上がりなど、もっと本質的な収益力の強化を示唆します。補足資料は数字の宝庫ですが、闇雲に見ても疲れるだけ。まずは「前提」「単価」「数量」の 3 点から攻略するのが近道です。

補足資料の数字が動くとき、その裏ではたいてい「現場のオペレーション」が物語を紡いでいます。たとえば販売数量の増加。これは単に「たくさん売れた」という話ではなく、油田やガス田の設備稼働率が上がったか、あるいは新規の生産井が計画通りに立ち上がった証拠です。イクシスLNGの場合、液化設備の安定的な稼働が数量を押し上げているとすれば、それは「プロジェクトが大人になった」サイン。逆に、設備トラブルで数量が落ち込めば、原油価格が高くても利益は取りこぼします。この「現場感覚」を補足資料から読み解くには、前期や前々期との比較が欠かせません。「前提」「単価」「数量」の次は、ぜひ「稼働率」というキーワードも手帳にメモしておいてください。

今回の INPEX の修正を想像で補足すると、期初に比べて前提為替レートが円安方向に見直された可能性が高く、原油価格の前提は据え置きあるいは若干の下方修正だったかもしれません。にもかかわらず利益が増えるのは、数量増やコスト削減が効いている証拠です。このように、悪いニュースと良いニュースがモザイク状に入り混じるのが、資源株の決算のリアルな姿です。

流れはこう
1
原油価格が下落(市場の関心ここだけ)
2
しかし前提為替が円安に振れる
ドル建て収入の円換算額が増加
3
プラス、操業コストの抑制・数量増
イクシスLNGなど大型案件の安定稼働
4
結果、上方修正へ
原油「だけ」見ているとつかめないサプライズ
NHKwww3.nhk.or.jp· 2026-08-07
石油元売りに新交付金案 原油の代替調達促す 経産省会合で

経産省の交付金は「追い風」? むしろ市場が読むべき裏側

同じ 8 月 7 日、経済産業省が石油元売り向けの新たな交付金案を示しました。ホルムズ海峡などリスクの高いルートを避けて原油を調達する場合、コストの一部を補填するという内容です。一見すると、エネルギー業界全体への「追い風」に見えます。でも、INPEX のような「上流」の開発会社にとって、これはむしろ「警戒シグナル」かもしれません。

なぜなら、この交付金の目的は「調達先の多角化」、つまり「中東依存からの脱却」を促すことです。中東は INPEX をはじめとする資源開発会社が長年、権益を築いてきたエリア。もし元売り各社がアフリカや中南米からの調達を増やせば、相対的に中東原油の引き合いが弱まる可能性があります。価格交渉力の低下や、生産物の販売先の変更を迫られるリスクもゼロではない。政策は常に「誰かにとっての逆風」を含んでいます。

もちろん、INPEX 自身もオーストラリアや東南アジアなど地域分散を進めてはいます。ただ、イラン情勢が緊迫するほど、海峡リスクが意識されるほど、上流企業のポートフォリオに組み込まれた「地政学リスク」という名のタイムカプセルが、じわじわと評価に織り込まれていくのです。今回の交付金案は、そうしたリスクへの当局の本気度を示す一里塚と読めます。

加えて、交付金の裏側では「元売り各社の調達コスト増」というもう一つの力学が動いています。ホルムズ海峡を避けるルート、たとえばアフリカ西岸や南米からの調達は、航海日数が延び、保険料も跳ね上がります。交付金がその差額を埋めるとしても、元売りの採算は悪化しがちです。そのしわ寄せは、やがて「より安い原油を求める圧力」となって、上流企業との価格交渉に跳ね返ってくるかもしれません。つまり、政策の「善意」が、業界全体のマージンをじわじわと削る可能性をはらんでいるのです。この連鎖を想像できるようになると、ニュースの見え方が立体的になります。

資源開発の「25年サイクル」と減価償却の魔術

石油会社の決算を見るとき、最も見落とされがちなのが「減価償却」です。油田やガス田は、見つけてから生産を始め、やがて枯渇するまでの寿命があります。会計上は、この資産を耐用年数(多くの場合 10〜25 年)で分割して費用化します。これが減価償却費。設備投資という名の過去の巨額支出が、毎年の利益を静かに、しかし確実に削っていくのです。

ここで面白い逆説が生まれます。大型プロジェクトが次々と立ち上がる「成長期」には、減価償却費が急増し、原油高でも利益が伸び悩むことがあります。逆に、償却が一巡した「熟成期」の油田は、原油価格が横ばいでも利益率がじわじわ改善する。つまり、同じ会社でも局面によって「利益体質」ががらりと変わるのです。

INPEX の看板プロジェクト、イクシス LNG は 2018 年に生産を開始しました。この大型投資の減価償却は、ピークを越えつつあるとの見方があります。もしこれが本当なら、INPEX は今、まさに「投資回収の黄金期」に差し掛かっている最中です。原油価格が多少下がっても、利益をしっかり積み上げられる構造に変わりつつある――これこそが、上方修正の「見えないエンジン」かもしれません。

INPEX
1605
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売上
2.01兆円
営業利益
1.14兆円
時価総額
5.10兆円

過去の原油暴落時、石油株はどう動いたか

歴史をひもとくと、原油価格と石油株の関係には、興味深い「ズレ」が何度も観測されてきました。たとえば 2014 年後半、原油価格が 1 バレル 100 ドル超から 50 ドル台へと半年で半減したとき、もちろん INPEX も売られましたが、下落の底を打ったのは原油より数か月早かったのです。なぜか。

理由は「先回り」と「円安」の合わせ技でした。当時も 1 ドル 120 円台の円安が進行中で、ドル建て収入の円換算額はむしろ増える構図。さらに「これ以上原油が下がらない」という見切り買いが入りました。株価は常に 6 か月先を織り込むと言いますが、資源株は特にその傾向が強い。今回は、あのときと似た「円安+原油底入れ期待」の二段構えが意識されているかどうか、頭の片隅に置いておく必要があります。

2020 年のコロナショック時の急落も、回復のスピードは原油先物より早かった。これは、市場が「油田の価値」を単なる在庫価格ではなく「将来生み出すキャッシュの割引現在価値」で評価するからです。一時的な原油安で油田の寿命が縮むわけではない、と判断されれば、株価は意外と底堅い。この「評価のズレ」こそ、資源株投資の妙味であり、怖さでもあります。

もう一つ、過去の復習で見えてくるのが「悲観のピークは意外と早く去る」というパターンです。2014年も2020年も、原油価格の下げが止まらないというニュースが一面を飾った直後に、石油株はひっそりと底を打っていました。なぜそうなるのか? 答えは「市場が見ているのは過去ではなく、半年先の損益計算書だから」です。原油の急落時には、まず「在庫評価損」や「減損リスク」といった会計上の不安が株価を押し下げますが、それが一巡すると、今度は「円安による下支え」や「コスト削減余地」が材料視され始める。株価の回復が原油価格の底打ちを待たないのは、そうした「次に来る材料」を先取りしているからにほかなりません。

つまり、2014 年や 2020 年の動きは、私たちに一つの教訓を残しています。それは「原油チャートと石油株チャートを重ねてニコイチで判断してはいけない」ということ。間に為替、減価償却、市場の期待という分厚いフィルターが挟まっているからです。

石油資源開発
1662
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売上
3,403億円
営業利益
389億円
時価総額
4,945億円

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